公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

隣の芝は青くみえるだけ

くたばれ正論


先月に続き、古巣、大原簿記専門学校(大阪校)の公認会計士試験受験生とと食事をする場を設けて頂いた。

数年前から年に1度、受験生と食事会を開催していたが、今年はコロナの影響もあって、少人数での複数開催となった。少人数の方がじっくり対話ができるので、私としては嬉しい。

何度か受験生と食事をして思うのは、(私に会いに来るくらいだから当然かもしれないが)皆が志が高いということ。合格する前から高い志を持ち、公認会計士になってからのキャリアプランを考えている人も多い。素晴らしいことだと思う。

他方で、監査法人の内定前から、どこの法人に行って、どこの部署に行って、どこの上場企業の監査を担当したい・・・といったことを具体的に決めすぎている受験生が多いことは多少気になっている。期待しすぎだと思う。部署や担当クライアントが思い通りにアサインされることはない。思い通りにならないことが9割。でも、思い通りでなくても学べることは山ほどある。どこの部署に配属されようが、どこのクライアントにアサインされようが、どのパートナー・マネージャーの元で働くことになろうが、与えられた仕事コツコツとやるべきだし、そういうマインドを持って仕事に望むべきだと思う。どんな仕事でも結果を出すことがプロフェッショナルなので。

あと、受験生に限らず、若い人と話をしていて感じることは、生き急ぎすぎだと思う。人生は一度きりなので、いまここを全力疾走するという生き方は私も共感する。しかし、20代で公認会計士試験に合格すると、そこから40年、50年と公認会計士として生きていくことになると思うので、長期的なスパンでのキャリア形成も考えるべきだと思う。5年、10年と継続することができないものを「専門」といえるだろうか。それをさらに15年、20年と継続すれば「無敵」になるかもしれないのに、生き急ぎ、隣に芝を見ながら、キャリアを(縦ではなく)横に展開している人が多い。ホントは何がしたいのかを自分に問うべきだと思う。

もちろん、自分の感受性に従い、自分の本能が面白いと感じるところへ動いてく柔軟性は必要だと思う。ただ、自分のバリューを高めるには、生き急ぐべきではないし、隣の芝を見るべきではない。他人との比較で人生を決めずに、過去の自分との比較でキャリアを上に積み上げていくべきだと私は思う。


YouTubeで、公認会計士受験生向けに「公認会計士の仕事」というコンテンツを通して、公認会計士の魅力も発信しています。


(画像は、今朝の読売新聞に掲載されたRed Bullの全面広告。本文とは関係ない。)

新種で珍種のビジネスマナー

今日(2020/1/9)の読売新聞朝刊に掲載されていた「コロナ禍で問われるビジネスマナー」という記事に、週末の朝から吐き気がした。

オンライン会議の画面上に「上座」「下座」があるという。若手社員が事前にログインし、会議終了後は最後に退席するのが「ビジネスマナー」だと。

オンライン会議


電子印鑑には、印鑑の角度を1度単位で回転させる機能があり、部下は上司に「おじき」させるように押印することが「ビジネスマナー」だと。

おじぎ印


「おじき」は、シヤチハタがユーザー企業からの要望により付けた機能だという。

オンライン上でもこんな「ビジネスマナー」がまかり通っている会社は相当ヤバイに違いない。他にも、オンライン会議では常にカメラ目線、在宅勤務でもスーツ着用ってのが「ビジネスマナー」らしい。キモい。

こんな事を強いる上司がいたら、怒った方が良いと思うし、五反田辺りのベンチャー企業を見学させた方が良いだろうと思う。



(画像は読売新聞オンラインより)

今年初の東京入り

ヌガ

今年初の東京入り。

せっかくのトキオなので、元同僚と行きつけのお店で美味しい料理とワインを嗜んだ。


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プロネクサスIFRSセミナー


今年の仕事始めは、誰もいない部屋で、天井のカメラに向かって3時間喋り続けるという、孤独で過酷でNO蜜なものだった。

プロネクサス社のIFRSオンラインセミナー。
申込み受付中。1/19〜2/19限定配信。詳細はこちら


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中央経済社の『会計人コースweb』の新春特別企画「税理士・会計士に聞く“これからの働き方”」に掲載して頂きました。

【新春特別企画! 税理士・会計士に聞く“これからの働き方”】経営者からの「ありがとう」が最大の報酬(公認会計士・武田雄治)

受験生に刺激になるようなことを言ってくれと言われたので、刺激になるようなことを言ったつもりだがが、読み返すと偉そうなことを言いやがって…な記事になってるな…(笑)。

まぁ、ええか。

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本年最初のYouTube Liveは、

1月16日()20:00〜21:00の予定です。

今回のテーマは、【武田雄治の成功哲学 新春スータト編】

昨年5月に【武田雄治の成功哲学】をテーマにLiveをしましたが(アーカイブは訳あって非公開)、第2弾をお送りしたいと思います。これからの「風の時代」に、風に乗って、ガッツポーズを決めたい方は是非ご覧ください。事前の質問もお待ちしております。


youtube live

君たちは腹が立たないのか

例年、年始めに、宝島社が強烈な見開き広告(意見広告)を新聞に掲載している。

昨年はこちら。一昨年はこちら。企業が発するメッセージ、キャッチコピーの勉強になるため、私のビジネスセミナーの題材でも取り上げたことがある。


その宝島社が、今年も全面広告を掲載した。

読売新聞に掲載されたのがこちら。

君たちは腹が立たないのか

([出処]読売新聞朝刊(2021/1/6)、画像は宝島社HPより)


君たちは腹が立たないのか

音漏れしてるやつ。傘の持ち方なってないやつ。
スマホ見ながら自転車乗るやつ。
まずいちゃもんつけるやつ。なんでも隠そうとするやつ
すぐ嘘つくやつ。すぐ戦争しようとするやつ。
この社会の息苦しさは、決してあなたのせいではない。
いきすぎた忍耐は、美徳でもなんでもないから。
理不尽にはきちんと怒ろう不条理には声をあげよう
怒りを笑うな。怒りとはエネルギーだ。
前例を打ち破り何かを生み出すためのパワーだ。
怒ることから世界は進む。
今年こそ、正しく怒ろう日本人


共感しかない。

一昨年の広告『嘘つきは、戦争の始まり。』と似たメッセージだなぁ〜と思ったら、どちらも電通の同じスタッフが制作したものだった。



要は、『嘘つくな!』ということだ。

相手に対しても、自分自身に対しても

世の中も人生も、理不尽で不条理なものだと思う。思い通りにならなくて当然。思い通りになれば奇跡。しかし、それに我慢するべきなのか。

訳の分からない正義感や同調圧力、付和雷同、他者監視といった「暴力」を被ることがある。そんな時に、「健全な優等生」を演じなきゃならないのか。忍耐は美徳なのか。

脳科学者の中野信子の著書『ペルソナ』にも書いていたが、「言いたいことを伝える」ということが自分の身を守る武器になる。他人の意見に安易に同調したり、マスコミのいうことを素直に信じたり、政治を批判したり、マスクをしない人を睨みつけたりする前に、「自分の意見」を毅然とした態度できちんと発するべきだと思う。おかしいことには「おかしい」と言うべきだと思う。やりたくないことには「やりたくない」と言うべきだと思う。腹が立つことは「腹が立つ」と言うべきだと思う。そして、怒りに対しては、正しく怒るべきだと思う。

戦うべき相手は、ウイルスではなく、自分自身(の嘘)だ。

ぷらっと長崎 〜3日目 出島とか平和公園とか

出島

↑ 「史跡出島和蘭商館跡」

私は「出島」をバカにしていた。「出島」の周りを埋め立て、周辺に景観を無視した高層ビルが乱立させ、一体どんな都市開発をしてんだ! と。


出島

↑ 出島を外から見ると、こんな感じ。

ひどいよなぁ〜。

アレックス・カー著 『ニッポン景観論』にも書かれているが、日本の「景観」はちょっとひどすぎる。国会議事堂の後ろに建つ高層ビル、宮島の鳥居の向こうに見える宗教法人の建物、日本橋の上の高架、一向に地中化されない電柱・電線、派手な看板・・・といったものを見る度にうんざりする。


出島

↑ 現時点の上空写真。赤い部分が出島のあった場所。

鎖国時代が終わり、明治期に長崎港の港湾工事が行われ、出島周辺は埋め立てられ、出島は内陸化してしまったのだ。そして、出島の周辺にビルが建ち並び、出島の一部に道路が通ることになってしまった。


出島

↑ 江戸時代の出島はこんな感じだった。


出島

↑ 対岸から見るとこんな感じ。



出島

完全に埋もれてしまった出島だが、その後オランダ側の働き方もあり、出島を復元させようという動きが始まる。当時の設計図などはないため、史料、文献、発掘調査などにより情報収集し、歴史的事実を元に忠実に復元していった。約70年前に始まった復元事業は、現在も進行中であり、当時49棟あったといわれる建物のうち25棟が復元している。いまの「出島」は復元物なのだ。

出島の中には、上のようなミニチュアも展示されている。



出島


出島

復元された建物は、外部も内部も、壁紙も食器も、当時を忠実に再現している。家具はオランダまで買い付けに行ったらしい。一部の建物内部は展示場・博物館のようになっており、それらをみると、この出島復元事業が並々ならぬ努力の結果だということが分かる。ここまで長期的な事業を予算化し、継続している長崎市はすごいと思った。まさに考古学だ。実際に「考古館」という建物があり、ここの展示を見ていると、鎖国時代から現在までの歴史から何からすべてが分かる。歴史や考古学に興味がある人はハマると思う。


出島


出島

明治期に出島をなぜ埋め立てたのかはググっても分からなかったが、産業発展に伴い長崎港を大きくするために、出島を内陸化する必要があったのかもしれない。「景観」という点では最悪だと思うし、最初はバカにしていた出島であったが、その後の復元への取り組みは素晴らしいと思った。是非とも復元を完成させて欲しい。

出島自体はとても小さな「島」なので、すぐに見終わると思ったのだが、色々と面白すぎて、かなり長居をしてしまった。

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ツル茶ん

↑ お腹が空いたので、「ツル茶ん」という変わった名前の喫茶店へ。大正14年(1925年)創業の九州最古の喫茶店らしい。長崎のご当地グルメ「トルコライス」が食べられる店ということで。


トルコライス

↑ トンカツ、ピラフ、スパゲティ、サラダが一つの皿にのっているものを「トルコライス」というらしい。内容は店によって若干異なるらしいが、お子様ランチのようなプレート。正直、なぜこれが人気メニューなのかは分からなかった。スパゲッティ(ナポリタン)は甘すぎた。ホントにお子様ランチなんじゃないかと思ったほどに。

なぜ「トルコ」なのか?
ググってみたが、「トルコに同じ料理は無い」(wikipediaより)とのこと。なんじゃそれ。「トルコ風呂」同様に、トルコ人に怒られないのか??

そもそも、人口の99%がイスラム教徒であるトルコに、トンカツはねーだろ!?


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長崎平和公園

最後は平和公園へ。
広島の原爆資料館には何度か行ったことがあるが、長崎の原爆資料館もすごかった。感情がエグり取られた。

B29は小倉をターゲットにしていたが、雲天だったので、第2目標だった長崎に向かう。そこでも天候が悪かったので引き換えそうとしたが、一瞬の雲の切れ目があったので、その瞬間に原爆を投下した。7万人以上の人が亡くなり、7万人以上の人が負傷した。

坂本龍一は「20世紀は殺戮と戦争の世紀」だと言っていた。核兵器のない世界を目指そうと原爆の被害を訴える原爆資料館の一角に恐ろしい展示物があった。今でも幾つかの国が核兵器を持っているし、核実験を行っている。世界中の人を吹き飛ばすほどの水爆を開発する能力を持っているのかもしれない。技術の進歩は恐ろしいもので、広島・長崎の原爆投下以降も核兵器は進化しており、核弾道を運ぶミサイルの命中精度は著しく改良され、威力も巨大化している。さらに驚くほどに小型化されているのだ(戦場での使いやすさを考慮して)。悲劇は長崎を最後にして欲しいが、虚しいことに、世界のどこかの国で核開発を進めている。21世紀は、前の百年の愚行を繰り返さず、殺戮と戦争のない百年であって欲しい。



長崎平和公園

↑ 平和祈念像。めっちゃマッチョ。

ぷらっと長崎 〜2日目午後 グラバー園とかチャンポンとか

長崎

長崎を旅したことがある人から「グラバー園に行くのか?」と言われることが多かった。余りにも色んな人から「グラバー」「グラバー」「グラバー」と言われるので、行っておくべきなのだろう。午前中の軍艦島ツアーが終わったら、その足で「グラバー園」の方向へ歩いていった。


長崎

旅の下調べは、あえて余りしていない。成り行きでいいかと思って。
ただ、長崎空港に向かうスカイマークの機内誌が「坂のまち、長崎」という特集を組んでいて、これは隅々まで熟読した(スカイマークの機内誌は毎号良い記事が多い)。この特集記事に「迷い込むことも坂道の醍醐味」といったことが書かれていた。なるほど。真っ直ぐ「グラバー園」に行っても面白くないので、google mapを見ながら、坂道(階段坂)をあえて歩いた。

長崎

「ドンドン坂」
かなり急勾配。沖縄の首里城周辺を思い出す。雨が降ると石畳の側溝を水がドンドン音をたてて流れることから「ドンドン坂」の名前が付いたらしい。


長崎

「プール坂」
雨が降るとプールのように水があふれるのかと思ったら、そうではなかった。以前、この坂の脇に閉校した小学校のプールがあったから「プール坂」の名前が付いた。


長崎

↑ 「プール坂」の途中で振り向くと、長崎港が見下ろせる。

ひたすら細い坂道(階段坂)が続く。外気はめちゃくちゃ寒かったが、ヒートテックの下は汗だくになる。クルマもバイクも通れないような階段坂の両脇に民家が立ち並ぶ。この人達は日々どうやって生活してるんだろう。もちろん歩くしかないが、近くに商業施設も見当たらない。買い物はどうしてるんだろう。ドミノピザもUber Eatsも来てくれないだろうなぁ。と、どうでもいいことを考えてしまう。


長崎

↑ 長崎は、幕末から明治にかけて造船と石炭産業で日本の産業発展を担ってきた。見下ろすと三菱長崎造船所が見える。軍艦島ツアーに申し込むと、この造船所のドックの側を通ってくれる。


長崎

「オランダ坂」
出島に住むオランダ人の影響か、開国後も長崎の人々は東洋人以外を「オランダさん」と呼んでいたらしい(ホンマかいな・・・)。で、「オランダさん」が多く通るので「オランダ坂」の名前が付いたとか。ここは道幅は広いが、フェラーリでは通りたくない急勾配。ドミノピザのバイクも登らないんじゃないか・・・。



長崎

↑ 「グラバー園」の近くまで行くと、道が開ける。
なんでもない坂なのだが、左のベンチに座って読書をしているおじさんが気になって写真を撮った。ちなみに、1時間後にこの道に戻ると、まだおじさんは読書をしていた。私が横を通ったことも気付かないくらいに没頭して。いつもここで長崎港を見下ろしながら読書の時間を楽しんでいるんだろう。ステキだ。私の家には本を読んでいる人の写真ばかりを集めた写真集がある(スティーヴ・マッカリー「読む時間」、アンドレ・ケルテス「読む時間」)。これは断捨離の対象外として大切に本棚に置いている。


長崎

↑ 散歩の途中で「角煮まん」なるものを食べる。これもスカイマークの機内誌で紹介されていたもの。美味しいのに小さい。で、450円もする。551蓬莱の豚まん位の大きさにして、値段を半分くらいにしてくれたら・・・。


長崎

↑ ちなみに、長崎はボウリング発祥の地。



長崎

かなり遠回りをして外国人居留地であった「グラバー園」に行ったのだが、「グラバー園」ではほとんど写真を撮っていなかった。敷地内に立ち並ぶ洋館に興味がなかった訳ではないが、館の内部の展示物に見惚れてしまった。

上の写真のような相関図が、意外と役立ったりする。詳述は省くが、開港まもない長崎にグラバーさんがやってきて、三菱を創設する岩崎弥太郎と会ったり、高杉晋作や坂本龍馬と取引をしたり、伊藤博文や井上馨の渡欧に手を貸したりしたらしい。グラバーさんは日本近代化のキーパーソンなのだ。そのグラバーさんの住宅が、なんと、世界遺産に登録されている。色んな人から「グラバー」「グラバー」「グラバー」と言われた理由がここに来て分かった。


長崎

↑ 「グラバー園」の近くにある「大浦天主堂」
禁教令により250年間も神父が不在だったが、その間も信仰をまもってきた潜伏キリシタンがいたらしい。その「信徒発見」の場となったのがこの「大浦天主堂」。内部は写真撮影禁止につき、外から撮った写真のみ。

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長崎

↑ 歩き疲れて、ビールが飲みたいと、歓楽街の「思案橋横丁」へ向かう。
午前も午後もそうだったが、とにかく観光客がいない。そして「思案橋横丁」も無人。驚くほどに店が空いていない。これは想定外。困った。


長崎

↑ 「思案橋横丁」を諦め、別の場所で開いていた居酒屋に入ると、ラッキーなことに鯨料理を出してくれる店だった。鯨盛りと鯨ステーキを注文し、地酒を頂く。美味しかった。


長崎

↑ 普段は1日1食にしているが、旅に来ると1日3食+〆になってしまう(だから太る)。今日もちゃんぽんを食べたくなり、地元で有名らしい店に行く。9時頃に行ったが、私が最初の客だという。

店員3名、私1人。ひたすら愚痴に突き合わされた。コロナの影響で多くの飲食店は開けられない。開けたら食材を仕入れなければならない。でも客が来なかったら全部捨てるよね。人も雇うよね。赤字だよね。じゃ開けられないよね。これで東京に緊急事態宣言が出たら、観光客がさらに減るよね。そうなったら、今度こそ壊滅するよね、と。ずっと同じような話を3度も4度も繰り返し聞かされる。

絶望的な状況はよく分かった。ホントの絶望に追い込まれた時、その人の本性が見えるのかもしれない。この店の店員さんは、愚痴は言うが、めちゃくちゃ笑ってる。私もその笑顔を見ながら、腹を抱えて笑った。何がおかしいんだろうか。とにかく笑った。

私が帰ると今日は店を閉めるという。ちゃんぽん1杯、ビール2本、1日の売上1700円也。大赤字だが、最後の最後まで手を降って見送ってくれた。こういうのが思い出に残るんだなぁ。

ぷらっと長崎 〜2日目午前 軍艦島上陸

軍艦島

念願の軍艦島へ行った。
ツアーでないと上陸できないので、幾つかあるうちの1つのツアーを前もって(飛行機やホテルより早く)申し込んでいた。が、前日に「高波の為、欠航になりました」と電話が来る。おいおい。急いで他のツアーのサイトを見ると、今日の午前だけ運航するツアーを見付け、飛び込みセーフ。ツイテル。

長崎港から18km離れた場所に位置する、正式名称「端島(はしま)」。「軍艦島」という名称は、閉山後長年放置され、建物が風化し、廃墟となったシルエットが軍艦「土佐」に似ていることから通称として呼ばれるようになった。


軍艦島

上陸すると、まるで戦争映画のセットの中にいるような感覚になるが、戦争の跡地ではない。1974年に閉山してから46年が経ち、その間に台風や高波などの被害も被り、あらゆるものが風化し、木造建築物はほぼ崩壊し、鉄筋構造のアパートや学校などだけが廃墟マンションのように残っている。鉄筋構造物も年々崩壊していっているらしい(だから、上陸しても見学できる場所はほんの一部に限られており、元住民でさえも見学エリア以外は立ち入ることが出来ない)。


軍艦島

↑ 右に見える四角い鳥居のようなカタチをしたものは、石炭を運ぶベルトコンベアーの支柱。精選された石炭がベルトコンベアによって貯炭場に蓄えられ、運搬船に積み込まれ、八幡製鐵所などに運ばれた(そこで鉄が作られ、鉄筋構造の建物や橋が造られ、日本の近代化が加速することになる)。

その奥に見える建物が7階建ての小・中学校(1958年、S33年建設)。軍艦島には、他にも、体育館やプール、病院、映画館、パチンコホールなどもあったらしい。


軍艦島

↑ 軍艦島の炭坑は、三菱鉱業(現 三菱マテリアル)が経営していた。1890年(明治23年)に三菱が10万円(現在の価値で約20億円)で島を買収した。
この赤い建物は「総合事務所」と言われていたものであり、経営の中枢の役割を果たしていたらしい。


軍艦島

↑ 離れて見るとこんな感じ。
 この場所だけは倒壊を防ぐために支えているのが分かる。


軍艦島

今回上陸して、ガイドさんから詳しい説明を聴いて知ったのだが、この小さな島から海面下1000メートル地点まで石炭の採掘作業をしたという。1日8時間勤務✕3交代制=24時間体制での採掘。海底でも気温は30度、湿度95%という悪条件で、仕事が終わると炭で全身が真っ黒になるという過酷な仕事だったらしい。ガス爆発など常に危険と隣り合わせで、実際に死者も多かった。それでも出炭量が増加するにつれ、人口も増え、最盛期には約5300人がこの島に住み着いた(当時の東京都の人口密度の9倍にもなった)。


軍艦島

仕事は過酷であったが、給与は良かったようで、初任給は今の価格に換算すると約50万円だったという。島内の人達はなかなか良い生活をしてたようで、国内のTVの普及率が数%の時代に、島内は100%だった。日本の産業の近代化を担っているという誇りもあったのではないか。


軍艦島

↑ 近代化の片鱗はこの島の建物からも伺える。この建物は1916年(大正5年)に建設された日本最古の7階建て鉄筋コンクリート造のアパート。奥の建物は地階もある。104年前にこういう建物が建設されていたことに驚いたし、最新の技術がこの島で活かされたことも驚いた。


軍艦島

という訳で、色々と勉強にもなった。楽しいツアーだった。軍艦島上陸記念証明書なるものをもらった。

廃墟を廃墟のまま保存するというのは大変なことらしい。ガイドさんいわく、「来年来た時は景色が変わってるかもしれません」と苦笑い。廃墟が進めば(かつてここで採掘していた社員同様)ガイドさんも職を失う。

行ったことがない人は、早めに行った方がいいかも。

ぷらっと長崎 

稲佐山展望台

ぷらっと長崎に来た。

ホントは昨年7月に長崎に来る予定だったが、九州(熊本)に台風が直撃し、空路・陸路共に欠航となり、行けなかったのだ。。。(で、その時は、行ける所まで陸路で西へ向い、太宰府へ向かった。)

半年ぶりにリベンジすることができた。人生初の長崎入りだが、長崎市内は初めてとは思えなかった。なんとなく懐かしさがあるのはなぜだろうか。どこかの地方都市で見たような光景が至る所にある。

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今回、長崎市内に入って、真っ先に寄ったのが長崎新地中華街にある「江山楼」というお店。「バナナマンのせっかくグルメ大晦日SP」というテレビ番組で、バナナマンの日村さんが食レポをしているのを見て、「ここは生きてる間に絶対に食べたい!!」と思ったのだが、3日後に実現した!

長崎新地中華街に着いたのが夕方だったが、中華街はガラガラだった。けど、「江山楼」は満席だった。TVの効果というより、地元のリピーターが来ているという印象。

長崎新地中華街



日村さんが食べていた「特上ちゃんぽん」(フカヒレがのってる長崎ちゃんぽん)を頼む。日村さんが立ち上がって叫ぶほどに美味しいという意味が、一口目のスープの味から分かった。麺も具もスープも最高。マジで美味かった。こんな美味しいちゃんぽんは初めて。スープもすべて飲み干した。ここはまた来たいと思った。

江山楼フカヒレちゃんぽん


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店を出ると日が暮れていた。

一度、「世界三大夜景」(香港、モナコ、長崎)といわれる夜景を見ておきたいと、稲佐山へ向かう。循環無料バスが走っているのは助かる(要予約)。

稲佐山ロープーウェイ



バスもガラガラ。

稲佐山ロープーウェイ



ロープーウェイを登って、展望台からの景色は、冒頭の写真のとおり。スマホではこれが限界だが、実際はもっとキレイ。

ただ、こんなこと言っちゃーなんだけど、神戸の六甲山頂や、芦屋の芦有ドライブウェイからの眺めの方がキレイだぜ。


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下山してから、市内をプラプラ。

定休日が日曜という飲み屋が多い上に、年始ということもあり、開いている飲み屋がなさ過ぎて、よなよな数千歩は歩いたぞ…。


眼鏡橋


有名な「眼鏡橋」。川面に映す姿がメガネに見えるから「眼鏡橋」。日本最古のアーチ型石橋らしい。1634年に架けられたという。皇居のお壕にかかる二重橋は、この眼鏡橋がモデルなのよ。

眼鏡橋


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歩けど歩けど開いてる飲み屋が見つからず、ホテルの近くで明け方まで開いてる「思案橋ラーメン」という店へ。このお店、長崎出身の福山雅治の行きつけの店らしい。それだからか、店内には著名人のサインがずらりと並んでいた。かなりの有名人ばかり。

壁には、福山雅治の年賀状と思われるものが貼られている。2010年以降、毎年ある。2021年のものもあった。すべての文面が「お前と賀正」と書いている。なんのことやろ…と思って、ググったら、色んな人にこの年賀状が届いているんだね。

思案橋ラーメン


福山雅治は「爆弾ちゃんぽん」ってのを頼むらしく、周りの客もそれを頼んでいたが、1日に2杯もちゃんぽんを食べるほど若くない…。とりあえずビールを飲んで、餃子、炒飯、おでんを頂く。美味しい。次来る時は「爆弾ちゃんぽん」を頼もう。

思案橋ラーメン

旅は人生を変え、体型も変える。
旅の恥はかき捨て、食事の自制心もかき捨てる。

1枚のシートで人生が変わる『人生5カ年計画』のテンプレートを公開!

年末年始、私の恒例の儀式がある。
『人生5カ年計画』というものをアップデートしている。

夢や願望は、書けば叶うが、書かなければ忘れる。

なので、先日も紹介した『夢リスト』(夢を50個書き出したリスト)の他に、『人生5カ年計画』も作成し、夢・願望をいつ叶えるのかも書き出すようにしている。これを毎日見るノートに貼り付けて、毎朝見ることによって、優先順位付けが明確になるし、自分へのコミットメントの確認にもなる。そして、潜在意識が行動を突き動かしてくれる。そうやって、壮大な夢をこれまで叶えてきた。

この儀式は、2004年から続けており、毎年、年末年始にアップデートしている(途中2年間、あえて立ち止まるためにアップデートをしなかった期間があるが)。

今の『人生5カ年計画』のテンプレートは以下の通り。

人生5カ年計画フォーマット


このテンプレートの使い方は、昨日の【終わりの会】で説明しているので、興味ある方はご覧下さい。

今回アップデートした『人生5カ年計画』は、従来のものからガラリと変わった。人生第2幕が始まるのだと思う。

ちなみに、私の『人生5カ年計画』をちらっと見せて欲しいという声もあるのだが、これは誰にも見せたことがない。夢や願望をビジュアル化したビジョンボードを作って、家族や友達などとシェアする人もいるが、私は誰にも見せないようにしている。なぜなら、壮大な夢や願望に対して「ムリムリムリムリ〜!!!」というのは決まって身近な人だから。少し頑張れば実現できるものは夢とはいわない。いまは実現可能性がないと思うものであっても、人生をかけて実現させるものが夢だと思う。そんなもの、身近な人に共感してもらえるとは思えない。『夢リスト』や『人生5カ年計画』は、目標ではなく、夢を描くもの。未来は現在地の延長にはない。だから、描く夢や願望は実現不可能・想定外のものでいい。仮に周りの人間から失笑されても、自分だけを信じて圧倒的な行動を起こせば、夢は全部叶うと思う。『夢リスト』も『人生5カ年計画』も、自分のために、ぶっ飛んだものを作成すればいいと思う。

あけましておめでとうございます

あけましておめでとう

本年もムリせず楽しみながら更新していきます。

どうぞよろしくお願い致します!

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公認会計士 武田雄治


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