公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

ぷらっと与那国島 Day4 〜カジキマグロ漁へ

カジキマグロ漁_勝丸

朝7時、与那国島の西の端にある久部良港へ。

我が人生において、カジキマグロ漁を経験する日が来ようとは思いもよらなかった。そもそも素人がカジキマグロ漁船に乗ることが出来るということも知らなかったし、仮に知っていたとしても旅人Tさんから誘われなければ申し込むこともなかっただろう。

Tさんが「勝丸」という船をチャーターしてくれていた。


カジキマグロ漁_勝丸

我々が到着するや、漁師さんは船を西(台湾の方向)に走らせる。
上の写真は、海からみた与那国島。
地図で見るとポツンと小さな島にしか見えないが、海から見ると大きな島だ。

与那国島から西に1時間程走ると、今度は台湾が大きく見えてくる。これはちょっと感動した。先日も書いたが、沢木耕太郎『視えない共和国』によると、明治時代までは与那国島と台湾の間の交流は盛んだったのだ。しかし、「国境」が引かれることにより、与那国島は「日本の果ての島」という位置づけになってしまう。1本の線が、豊かだった島を「果ての島」にしてしまったのだ。

話は反れるが、与那国島に「国境」という名の飲み屋がある。「こっきょう」と読んでいたのだが、正しくは「はて」と読むらしい。「はて」というと、なんとなく自虐的だなぁと思ったのだが、こちらの人はどのようなニュアンスでこのコトバを使っているのだろうか。


カジキマグロ漁_勝丸

朝8時、与那国島から西(台湾側)へ数十キロ、水深1000mもあるという沖合まで出て、カジキマグロの餌となる魚を釣る。あっという間に数匹の魚が捕れた。これを漁師さんが竿の先に結びつけてくれる(上の写真)。

いよいよカジキマグロ漁開始。

漁船は、沖合を時速何十kmかの速度で大きく旋回しながら走り続ける。30分、1時間と待つが、獲物が引っ掛かる気配はない。そう簡単にカジキが釣れるとは思っていないので、船上で風を浴びながら竿から伸びる糸を見続ける。

しばらくするとお腹が空いてきた。時計を見ると11時だった。3時間経過。普段は1日1食だが、船上では空腹過ぎるのも気分が悪くなりそうなので、おにぎりを1つ食べる。

午後になると猛烈な日差しが照り付ける。漁船最後尾に取り付けられている「ファイティングシート」に座る人は、いつカジキが引っ掛かるかを見ておかなければならないが、強い日差しが体力を奪っていく。そこで、我々4人は、誰が言い出した訳でもなく、15分毎に「ファイティングシート」に座る担当を交代することにした。すると45分は日陰で休んでられるし、昼寝もできる。

そうやって、仮眠を取りながら、12時、13時・・・と竿先にアタリが来るのを待つ。

船のチャーターは8時間(15時まで)なので、14時を過ぎた辺りで諦めモードになってきた。死闘7時間。100kg超えのカジキマグロを釣って、インスタ映えするような写真を撮りたかったが、叶わなかった…。




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船は港に向けて舵を取りはじめ、与那国島に近づいたその時、なんと、竿先にアタリが!!

そんなドラマみたいな話があるか!?

漁師さんが「糸を巻け!」と叫ぶ。その時の模様が下の写真。まだ余裕がある。


カジキマグロ漁1



大阪出身の漁師さんが「死闘は30分続くで」という。「そんなに続くんですか?」「カジキが暴れだすと手に負えへんからなぁ」

漁師さんの言う通りだった。数十mで大きなカジキが暴れているのが見える。遂に100kg超えのカジキマグロを捕らえたか!? 今日も運を引き寄せた!

Tさんが「ファイティングシート」に座り、糸を巻こうとするが、糸を巻く以前に、竿を支えるだけで精一杯。すごい勢いで竿を持っていかれる。次第にTさんも余裕がなくなり、力の限界に達し、叫び続ける。カジキが波にのった一瞬のすきに糸を巻き、また叫び、を繰り返す死闘を20分ほど続け、ようやくカジキが目の前に表れてきた。


カジキマグロ漁_勝丸




遂に捕まえた。でかい!

カジキマグロ漁_勝丸



引き揚げるのは漁師さんがやってくれた。めちゃくちゃ重そう。

カジキマグロ漁_勝丸



漁師さんが「食べられたー!」と叫ぶ。

なんと・・・胴体がサメに食べられていた。

カジキマグロ漁_勝丸


ガーーーン。

「こんな経験は初めてや…」と漁師さん。

頭だけでも推定20kg。もし胴体があれば、推定70〜80kgの大物だった。残念無念。


カジキマグロ漁_勝丸



残念ではあったが、我々は落ち込むこともなかった。
8時間、めちゃくちゃ楽しい経験ができた。
普段できないような経験をすることができて、大満足だった。
Tさん、ありがと。

港に戻るまでの数十分は、戦いを終えたアスリートのような快感だった。

カジキマグロ漁_勝丸


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久部良港に戻ると、漁師さんが釣った魚をさばいてくれた。

カジキマグロ漁_勝丸



最初に釣ったキハダマグロ。

カジキマグロ漁_勝丸



3匹さばいてくれた。
「これだけあれば夕食に充分やろ?」と。
充分です。


カジキマグロ漁_勝丸



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腹ペコの我々は、宿に戻り、早速キハダマグロに包丁を入れる。

マグロを切る経験すらない我々に、宿のオーナーさんが見るに見かねて包丁を握ってくれた。しかもマグロの硬い箇所を小さく刻み、マグロ漬けまで作ってくれた。

旅で出会う人は、みんな優しいなぁ。

カジキマグロ漁_勝丸



早めの時間から、宿のルーフテラスで捕れたばかりのマグロを食した。
自分達で釣ったマグロ。
ホントに美味しかった。

与那国島fiesta


昨日の海底遺跡、今日のカジキマグロ漁の経験は、一生の思い出になるだろう。

一人旅もいいが、気の置けない友との旅もいい。

腹をかかえて笑ったのはいつ以来だろうか。

私は、幸せとは「笑い転げること」と定義している。

今日も幸せだった。

人生楽しんでなんぼ。
No Fun,No Life!!


マジメに働いて、コツコツとカネを貯めるのもいいかもしれないが、貯めたカネは経験に使うべき。その経験が人生の彩りとなる。旅は人生を変える。与那国島の最後の夜は、そんな当たり前のことを思い出させてくれた。

ぷらっと与那国島 Day3 〜海底遺跡へ

与那国島

与那国島の朝。
泊まっている宿のルーフテラスより。

先月20日、TV「世界の果てまでイッテQ」という番組で与那国島の特集をやっていた。与那国町の観光大使であるみやぞんさんがカジキ釣りに挑戦したり、与那国島の沖合の海底にある「海底遺跡」を紹介したりというものだった。番組が終わった直後に、旅人Tさんから「カジキ釣りと海底遺跡に興味ない?」とLINEが来た。Tさんの家にはTVがないはずだが、旅先のホテルでたまたまTVを観ていたのだろうか。「めっちゃ興味ある」と秒速で返事したら、瞬速でツアーを申し込んでくれた。

という訳で、今回のぷらっと旅は、カジキ釣りと海底遺跡ツアーのみ予定が入っている(それ以外は何も予定はない)。


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で、今日は朝から「海底遺跡」のツアーへ。

「海底遺跡」は、沖合約100m付近の海底、水深は20m〜25m程度の場所にある。1986年に地元のダイバーが発見したという。この沖合は、夏場は流れがきつく初心者がダイビングをするには危険なエリアであるため、ツアーに申し込みをしても「海底遺跡」を見ることができない人の方が多いらしい(なので冬場に申し込んだ方がいい)。今回も「見れる可能性は半分以下」と言われていた。が、運良く海底の流れは穏やかで、潜ることができた。


与那国島_海底遺跡


いきなり巨大な二枚岩がお目見えする。なぜ同じ大きさの長方形の岩がタテに並んでいるのか。

そもそも、この「海底遺跡」が人工的に作られたものなのか、自然に出来上がっただけのものなのかは説が分かれいる。その道の学者が現在も研究しているらしいが、結論は分かれたまま。

今回自分の目で、これが人工的な「遺跡」なのか、自然に出来上がったものなのかを確かめたかったのだが、この二枚岩を見ただけでも自然に出来上がったものとは思えない。



与那国島_海底遺跡


「メインテラス」と呼ばれる大きな岩場があったり、階段状に岩が積み上がった場所があったり、こんなものが自然に出来上がるものだろうか。


与那国島_海底遺跡


かといって、人工的な「遺跡」だとしても、誰が、いつ、何のために、こんなものを作ったのかは謎。

「ムー大陸説」を思い出す。

「遺跡」かどうかは分からないままだが、自分の目で見れて良かった。


与那国島_海底遺跡


約5時間のツアーが終わり、記念撮影。
旅人Tさんのお陰で、楽しい1日だった。


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与那国島で1日過ごしただけで、フツーの場所でないことが分かる。
空の色、時間の流れが全く違うことだけでなく、街の景色がまるで違う。コンビニもなければ、大手スーパーも、都市銀行も、スタバもマクドもない。タリーズもミスドもない。コメダももちろんない。

沖縄本島から500km以上も離れた場所であるが、ここも「沖縄県」になるので、緊急事態宣言中は酒類提供を自粛する店ばかりか、終日臨時休業をしている店が多い。そもそも飲食店が少ない島内で、多くの店が臨時休業となると、観光客のみならず、地元民も困る。食事難民になりかねない。そこで与那国町は、OPENしている店や、テイクアウト可能な店のリストを用意してくれている。このリストは重宝した。

今回宿泊した祖納(そない)という集落の中で、最も有名な商店が、この青いビルの崎原商店。大きさはコンビニ程度であるが、酒から、生鮮食品から、弁当から、日用品まで、最低限のものは置いてある。いつ行っても地元民と観光客で賑わっていた。他の田舎のコンビニの日商をはるかに上回る売上ではないだろうか。

結局、この崎原商店は、滞在中、毎日通うことになる。


与那国島_崎原商店


夜、外で飲める店が島内に1店舗もなさそうなので、崎原商店でビールを大量に買い、テイクアウト可能なお店で酒のツマミを仕入れ、宿で食べることにした。


与那国島_フィエスタ


今回泊まっている宿は「Fiesta」というゲストハウス。オーナーは北海道の方。大卒後、旅行代理店に勤務して、世界中を飛び回っていたらしいが、何を思ったのか日本最西端の与那国島に越してきて、小さな息子さんと2人で暮らしている。

「Fiesta」には、我々以外にも数名のゲストが宿泊していた。


与那国島_フィエスタ


宿には、大きなキッチンとダイニングテーブルがあり、「ゆんたく」できるようになっている。置いている酒は、1杯100円で飲んでいいというシステムになっており、キッチンには貯金箱が置かれていた。アルコール度数78度の「花酒」まで置かれていた(ゲストが置いていったものかもしれないが)。


与那国島_フィエスタ


本棚を見ると、旅に関する本や、世界の歴史・文化等を紹介した本が多い。過去のゲストが置いていった本なんだろうか。オーナーの趣味なんだろうか。



クエ


我々は17時位から飲みはじめたのだが、19時頃から他のゲストも集まりはじめ、それぞれが酒と食事を持ち寄り、ワイワイガヤガヤが始まる。

我々より前から宿泊している人達が「大将」と呼んでいるゲストがいた。みな短期滞在者なのに、数日の滞在で「あだ名」で呼び合うほどにゲスト同士仲が良い。「大将」は大阪の立ち飲み屋でホントに「大将」をしている人だった。しかも、私が以前食事をしたお店の隣の店の大将だった。世界は狭いもんだ。営業の時短要請が完全に解除されるまで店を休業にして転々と旅行することにしたらしい。次の行き先は決めてないという。旅人Tさんと同じことを言う。自由な旅人は行き先を決めずに旅をする。

その「大将」が、他のゲストのために、クエを捌き、焼いてくれた。これはめちゃくちゃ美味しかった。さすがの料理人。さらに、さばいたクエの頭で出汁を取って、味噌汁まで作ってくれた。神ゲスト。

わたしはゲストハウスに泊まるのは人生で初めてだったのだが、こうやって旅人同士がワイガヤするのも面白いもんだ。人生楽しんでなんぼ。


オリオンビール


タイに行けばシンハービール。沖縄に来たらオリオンビール。
2019年にファンドに買収され、もう沖縄資本じゃなくなったけどね。

星が3つのロゴマークは、オリオン座からきている。



「ゆんたく」は夜中まで続いたようだが、我々は明日、7時からカジキマグロ漁なので、いつもより早めに床についた。全力で遊んだので、秒で眠りについた。


(※ 海底遺跡の3枚の写真はネットから拝借した)

ぷらっと与那国島 Day2

与那国島

朝、石垣島空港に戻る。
日本最西端の与那国島へ向かう私の後ろ姿。


与那国島

久しぶりのプロペラ機


与那国島

行ってきます。


与那国島

30分で与那国空港に到着。


与那国島

滑走路1本の小さな空港。回転台もめちゃ小さい。


与那国島

与那国島には3つの集落があり、その中で1番大きな「祖納」(そない)という場所のゲストハウスにチェックインして、ぷらっと集落を散歩する。歩いて1分で汗が吹き出る。猛烈な暑さだった。

ちなみに、前方に見える赤い建物は、ドラマ「Dr.コトー診療所」のお食事処として使われた建物。実際はお食事処でも店舗でもなく、ただの赤い建物。



与那国島_ナンタ浜

少し歩くと「ナンタ浜」というビーチに出る。とてもキレイ。しばらく見惚れた。

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与那国島は以前から行きたい島の一つだった。ホントは5月上旬頃に一人で来る予定だったが、GWと重なり、宿が空いてなかったので断念した。今回、旅人Tさんが、与那国島に行くというので乗っかった。それをニャンに言ったら、ニャンさんも乗っかった。

ニャンさんが、「与那国島といえば、沢木耕太郎の『視えない共和国』やなぁ〜」という。「何のこと?」、「え、タケちゃん、知らんのかいな!」、「タイ人がなんで沢木耕太郎を知ってんねん!」、「タイ人も読んどるわい!」・・・ということで、石垣島・与那国島に来る飛行機の中で『視えない共和国』が収録されている『人の砂漠』という本を読んでいた。

沢木耕太郎といえば、私の人生観を変えた『深夜特急』の著者であるが、『視えない共和国』は、沢木耕太郎が『深夜特急』を書く前、それこそ、海外旅行に行ったこともない時期に書いたノンフィクション。おそらく取材・執筆したのは20代の頃と思われる。20代の頃からこれほどの取材を重ねて文章を書いていたことに驚かされた。

その『視えない共和国』に「ナンタ浜」が出てくる。この本が出たのは約40年前。当時は、与那国島は人も多く、景気も良かった。夜になると誰からともなく「浜へ行こう」となり、月夜のナンタ浜に出て、若い男女が集まったらしい。闇夜となれば、また若い男女が集まる。何がなされていたかはハッキリと書かれていないが、おおよそ想像できる…。そういう場所だったらしい。いまはその面影もないが。


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日本最西端

日本最西端の島の最西端まで行った。


日本最西端

遠くに台湾が見える。

与那国島は沖縄本島から500km以上離れているが、台湾まで約100km。沢木耕太郎『視えない共和国』によると、明治時代までは与那国島と台湾の間の交流は盛んだったらしい(P175)。台湾の貨幣まで流通していたという。そこで様々な貿易・売買・交換が行われていいたため、与那国島はとても豊かな島だった。

しかし、国境が引かれることにより、与那国島は「日本の果ての島」という位置づけになってしまう。もし国境線がなければ、この島は「果ての島」ではなく、どこにでもある「単なる島」だったのだ(P177)。

『昔、与那国は台湾のひとつだった。台湾さえ離れなきゃ、もっと与那国は豊かだった。戦争でいちばん損したのは沖縄で、それより損をしたのが与那国だろうな』(P175)

国境とな何なのだろうか。


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Dr.コトー診療所

島の南には、ドラマ「Dr.コトー診療所」のロケ地となった診療所(志木那島診療所)が残っている。


Dr.コトー診療所

私はこのドラマを見たことがないので、ナンノコッチャわからんのだが、このドラマのために作られたセットらしい。


Dr.コトー診療所

待合室や入院室などもそのまま残されていた。


Dr.コトー診療所

ドラマでは、与那国島ではなく、志木那島(しきなじま)だったらしい。

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与那国島

与那国島は、日本最西端なので、日本で最も日の入りが遅い。
今日の日の入りは19:40だった。
宿のルーフテラスより。


与那国島

20:00頃に暗くなり、幻想的な光のカーテンが与那国島を覆う。

街頭も自動車もほとんどない集落は、しばらくすると闇夜と変わり、満天の星空が姿をあらわす。砂を散りばめたような星空だった。

丸い地球に「最果ての島」なんてない。果てを作ってるのは人間が勝手に引いた国境なのだ。自由に国境を超えて、地球上を舐め回したい。

ぷらっと石垣島 Day1

石垣島


今年3度目の石垣島。

到着は夕方だったが、めちゃくちゃ暑い



ishigaki


現地で、旅人会計士のTさんと、YouTubeディレクターのNyanさん達と合流。

沖縄県は緊急事態宣言発令中につき、ノンアルコールワインで乾杯。



ishigaki


2軒目は沖縄民謡ライブが聴けるお店へ。
今日からライブを再会したらしい。ラッキー。

ステージに透明のカーテンを敷いて、感染防止もバッチリ。

♪ オジー自慢のオリオンビール〜
などを聴きながら、踊る、飲む。


明日は、本当の目的地である日本最西端 与那国島へ。

【記録より記憶】 横田慎太郎『奇跡のバックホーム』(幻冬舎)

奇跡のバックホーム (幻冬舎単行本)
横田慎太郎
幻冬舎
2021-05-11



横田慎太郎。元プロ野球選手の父を持ち、2013年(18歳)にドラフト2位で阪神タイガースに入団。2016年(3年目、21歳)で開幕スタメン入りを果たすが、2017年(4年目、22歳)で脳腫瘍が発覚する。2度の手術を行い、半年に及ぶ闘病生活を経て復帰を目指したが、一度失われた視力が完全に戻らず、2019年(24歳)に現役引退を表明。

引退表明の4日後、育成選手では異例の「引退試合」が行われる。阪神鳴尾浜球場で行われたウエスタン・リーグにおけるチームのシーズン最終戦に、8回ツーアウトからセンターの守備に付く。3年ぶりの試合出場。横田慎太郎の引退試合のために、鹿児島から家族が駆けつけ、甲子園から鳥谷敬選手ら一軍選手が駆けつけた。

なぜ8回ツーアウトというイニングの途中で守備についたのかといえば、平田勝男2軍監督が、横田慎太郎が守備につく時に必ずダッシュする姿が好きだったから。平田監督がそれを最後にファンに見せたかったという粋な計らい。

相手チームは、ボールが十分に見えない横田慎太郎のところには打たず、ライトかレフトに打つように配慮したらしい。しかし、そんなにうまくはいかない。打者が打った球は、いきなりセンターに飛んできて、センターオーバーの2塁打となる。

そして、次の打者もセンターへヒットを打つ。横田慎太郎はこの時もボールが見えていなかったが、ワンバウンドでボールを拾い上げると、そのままバックホーム。ノーバウンドでキャッチャーミットにおさまり、2塁ランナーを刺し、アウトに。

この瞬間、横田本人も鳥肌が立ったという。

試合はおろか、練習でもノーバウンドで返球したことがなかったのに、プロ生活6年目の最後の最後に、生涯ベストプレーを見せることができたのだ。

「野球の神様」が舞い降りた伝説の試合は、ニュースでも大きく取り上げられた。

そして、「奇跡のバックホーム」はファンの記憶にこびりつくことになった。


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試合後、さらに感動が待ち受ける。

引退セレモニーが開催されたのだ。育成選手の横田の背番号は「124」だったが、引退セレモニーにために(1軍で活躍していた時の)背番号「24」のユニフォームが用意されていたのだ。

横田は涙が止まらなかった。

さらに、セレモニーが始まると、スコアボードには、かつてスタメンに名を連ねた2016年開幕戦のオーダーが映し出された。「1番高山、2番横田・・・」と。

すべての人からの愛を感じる。

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鹿児島実業高時代から誰よりも練習し、前2軍監督の掛布監督からも将来のホームランバッターと期待された選手だったが、人生は何が起こるか想定外なものだ。誰よりも野球が好きだった青年が、ボールが見えないということになろうとは。悔しかったに違いない。

24歳という若さで現役を引退し、地元の鹿児島に戻ったらしい。阪神球団のアカデミー(少年向けベースボールスクール)のコーチのオファーも断り、あれ以来ボールも握っていないという。野球人としての人生に区切りを付け、新しい人生を踏み出すという決意なのだろう。

「6年間のプロ野球生活でもっとも思い出に残っているのはどんなことですか?」という引退会見で、横田慎太郎は「病気をしてからの3年間です」と答えている。試合にも出れず、手術、抗癌剤治療、リハビリ…と、もっとも苦しい時期であったのに。


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人生、どんなことが起こるか分からないけど、それも人生なのだ。思い通りにならないのが人生。それでも、前を向いて「生きる」しかない。それが人生の新たな1ページを作り、振り返れば思い出になるかもしれないし、周りの人に影響を与えるかもしれないし、社会に足跡を残すことになるかもしれない。我々ファンにとって、横田慎太郎を忘れることがないように。

「どんなにつらいこと、苦しいことがあっても、たとえ小さな目標でもいいから、それを見失わず、がんばってほしい。」(P189)と本書の最後に書かれているが、この一文が本書のメッセージだと思う。

ご両親、球団、チームメンバー、ファン、そういった人の支えもあったから横田慎太郎も6年間の人生に彩りを添えることができた。大切な人を大切にして、依りそって生きていくことの大切さも教えてくれる本だった。

今日もHouse Party !!

house_party

関西の緊急事態宣言最終日。
外でゆっくり飲めないので、2週連続でHouse Party !!

今日も、行きつけのお店のシェフに出張に来てもらって、ワインに合う料理を作ってもらった。

同世代の公認会計士5名集結。
会計をやってる人、税務をやってる人、コンサルをやってる人、監査法人のパートナー、やってる仕事はそれぞれ違うけど、皆それなりに成功している人ばかり。医者と同様に各人に専門分野がある。違う専門分野の話は同業者といえどビックリするような話も多かった。

監査法人を辞めて15年以上が経つが、その間に随分と監査法人も変わってしまったなぁ〜と思った。是非いつか私のYouTubeの会計士対談に出て欲しい。




ホームパーティー

今日もずごいボリュームもフルコースに、中年男子は腹がはち切れた。

雲丹の載った肉寿司も最高だったが、初めて食した「わさびチーズパスタ」も美味しかった。今日は炭水化物を過剰摂取したが、幸せだった。


ホームパーティー


17時前に始まったパーティーは、24時にお開きに。
7時間も飲んでたのか・・・。

ビール15缶、ワイン9本。
飲みすぎた・・・。

でも楽しかった。
人生、楽しんでなんぼ。


ホームパーティー

言葉にすることの責任の重さ

ダナン


2年前の今日はベトナムのダナンにいた。「何もしない」ことをしようと、ぼーーっと過ごせそうなホテルを選び、250mもあるプールサイドで読書と執筆をしていた。4日間、観光地のホイアン以外は行かず、ホントにぼーーっと過ごした。

久しぶりにこういう旅をしたくなってきた。


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言語化

日経の『春秋』を担当されている大島さん、ホントに良い文章を書くなぁ〜と毎朝関心する。

今日のコラムも、タイムリーすぎるトピックスで関心した(是非読んで欲しい)。

『言語化という作業にはふつう重い責任が伴う』。これはホントにそう思う。たかが「要請」にすぎないとしても、それが法律に基づかないものであるとしても、罰則がないものであるとしても、言語化されて発せられたものには重い責任が伴うと私も思う。特にそれを発したものが、政治家や専門家といわれる人であれば、たかが「要請」にすぎないものであっても強い強制力がある言語に置き換わる。新型コロナの専門家といわれる人が何かを発すれば、その科学的根拠の有無に関わらず、9割の人は信じる。ここに受け手側の読解力は関係ない。上のコラムで谷川俊太郎さんが言っているように、空語であったとしても「言語であるゆえに逆に現実をつくってゆきかねない」のだから。言葉にするとは、それほど重いものだと思う。

(なお、ベストセラーになっている西村秀一著『新型コロナの大誤解』は、コロナ専門家の言説を鵜呑みにしてはならにと警鐘を鳴らしている。彼らがいまの現実をつくっているともいえるのだから。)

菅、西村、小池、吉村といった人たちの発する言葉は、めちゃくちゃすぎて言葉を失う。発言の軽さ、責任の無さ、言い訳の見苦しさ。こんな人たちがリーダーシップを取って、誰が支持し、付いていくのだろう。秋の総選挙は波乱が起きるだろう。私はこれまで自民党を推していたが、今回ばかりは投票しないと思う(かといって、投じたい党がないのだが。)。小池、吉村も、頻繁にTVに出て軽い言葉を発しているが、結局は支持率を上げるための自己アピールに余念がないだけで、都民に寄り添っているとは到底思えない。結局この人たちは、リーダーとして何をしてきたのか。

そういえば、「また飲みに行きましょう!」と言われ、笑顔で手を握られたけど、その後二度連絡が来ないという人が何人もいる。そうやって信頼というものは失われていく。仮にその人から連絡が来ても付いていくことはないだろう。菅氏の「(緊急事態宣言は)これが最後」という言葉を誰も信用していないように、軽い言葉は全てを溶けて失わせる。

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)




2019年のノンフィクション本屋大賞受賞作。

いつか読みたいと思っていたら、もう文庫化。ならばと購入。
読みだしたら止まらなかった。面白かった。

日本人の母ちゃん(著者)と、アイルランド人の父、「ハーフ」の息子の3人は、イギリスで暮らす。息子は、小学校は市内ランキング1位のカトリック校に通っていたが、中学校は(息子の希望により)「底辺中学生」へ通う。学校に通う生徒達も、地域の人達も、国籍、民族、宗教、肌の色が違うし、裕福な人・貧しい人、両親が揃ってる人・シングルの人など、多様な人が玉石混交といる。そんな環境の中で、「ハーフ」の息子も(当然に?)差別的なコトバを浴びせられる。

息子の部屋にあったノートの端に、小さく、息を潜めているような筆跡で、落書きがしてあるのを、母ちゃんは見つける。

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』

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本書は、全体を通して、「エンパシー」(empathy)=「他人の感情や経験などを理解する能力」の大切さを教えてくれる (エンパシーについて書かれているのは4ページだけなのだが、全体を通してのテーマとなっている)。

「多様性」はいいことだと言いながら、差別や偏見がなくなることはない。人と違って当たり前だし、人と違うことは素晴らしいことなのに。

息子が母ちゃんに疑問を投げかけるシーンがある。
「多様性っていいことなんでしょ? 学校でそう教わったけど?」

これに母ちゃんは、このように答える。
「多様性ってやつは物事をややこしくするし、喧嘩や衝突が耐えないし、そりゃない方が楽だけど、無知を減らすからいいことなんだと思う。」(注:一部編集した)

人は、人と違うから、理解しようとする。理解しようしないから、無知のまま差別や偏見や喧嘩や争いが生まれる。「人の関心に関心を持つ」ということの大切さを改めて本書から教えてもらった。

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そしてもう一つ、本書が教えてくれたのは、子供への向き合い方だ。

中学生の男子は、ホルモンバランスが崩れやすく、感受性もブレやすい年頃だと思うが、母ちゃんは同じ目線で正面から一人の人間として向き合う。ひたすら続く2人の会話が面白いのだが、その中にぽろっとポリティカル・コレクトネス(PC)のことを伝えたりする。「ハーフ」の意味が分からない息子に、その意味や、それがPC的に問題あることや、「ダブル」と言ってる人が増えていることなどを伝える。息子は、自分が「ハーフ」や「ダブル」と言われることに違和感を持つ。「半分」でも「2倍」でもなく、「half +half =1」なんじゃないの? と。

そうやって、親子で向き合いながら、エンパシーを持ちながら、息子が成長していくことが本書を読みながらも見えてくる。子供には、子供っぽいところもあるが、大人っぽいところもある。子供と思って接するといつまでも子供のままだが、大人として接すると大人に近づいていく。著者(母ちゃん)は、そのバランスの取り方がうますぎる。もっと早くに読んでおきたかった。

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最近、ブレイディみかこさんの新刊書『他者の靴を履く』が発売された。本書は、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の続編といってもいいと思う。

新刊書の冒頭で、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』に4ページしか書いていない「エンパシー」のことが話題になったことが「謎」だというようなことが書かれているが、新作『他者の靴を履く』も、(そのタイトルからも分かるように)エンパシーがテーマになっている。どちらから読んでもいいと思うが、どちらもオススメ。




焚き火の中に札束を放り込め

抹茶ラテ


某中小企業の顧問をしている。私より若い社長と、経理担当の奥様が、月に一度、月次決算の分析手法を学びにやってくる。経費の1円、粗利率の0.1%まで細かく分析し、全勘定科目に曖昧をなくし、筋肉質な財務体質を作ってきた。経費を削減すれば、粗利率を上げる。粗利率を上げれば、売上を上げる。そうやって1年で最終利益率20%を超える企業に変えてきた。「利益が出すぎちゃったね」「フェラーリ買うか(笑)」みたいな冗談が言えるくらいに変わった。経理が無知だった奥様も、私が驚くような財務分析をするようになってきた。

P/Lを見ると、社長がすごい金額を自己投資にあてていることが分かる。私への顧問料だけでなく、その分野のプロといわれる人への指導料、研修料、セミナー料などの計上額が大きい(もちろん事業に関連するものなので損金になる)。無駄な経費は1円もないが、自己投資の金額は妥協がない。焚き火の中に札束を放り込むような勢いだ。とんでもない勢いで成長する人というのは、こういう人のことを言うのだと思う。投資なくしてリターンなし。

「黒字社長塾」の新規募集はやってないと何度も言ったのに、「そこをなんとか…」と頭を下げて頼み込んできた時から成功する人だろうと思ってはいたが、どこまでも高い所へ登っている。

ジェフ・オルソン著 『スライトエッジ』(きこ書房)にも書かれているが、成功者と敗北者の違いをもたらすものは、「スライト・エッジ」=「わずかな違い」にすぎない。それは、現状を変えようと思った時に、本気になって行動するか、流されるかの違い。人はどの瞬間にでも成長曲線に乗るという選択をすることはできる(本書第9章参照)。もちろん、行動しないという選択もできる。


スライトエッジ
ジェフ・オルソン
きこ書房
2016-10-08


【すぐ痩せた】牧田善二『医者が教えるダイエット 最強の教科書』(ダイヤモンド社)




1.太る原因は「糖質」である(P31)
  (※ カロリーや脂質ではない)

2.「糖質」の摂取を1日60g以下にすれば誰でも痩せる(P54)
  (※ 太っている人は300g摂取している)

3.「糖質量早わかり表」を参考にされたし(P184〜189)

糖質量早わかり表

糖質量早わかり表


で、「糖質量早わかり表」を参考に、7日間、「糖質摂取量」を1日60g以下に抑えてみたら、3kgも痩せてビックリしてる。1日1食にしても、週3回ジムに行っても、定期的にジョギングしても、1kgも痩せなかったのにねぇ〜。

頻繁にタイ料理屋でカオマンガイを食べ、王将で炒飯を食べ、好物は寿司と蕎麦という、糖質大好き人間だったので、そりゃ痩せねーわ。

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先日紹介した青木厚著『「空腹」こそ最強のクスリ』(アスコム)と、今回紹介した本の、それぞれの結論を組み合わせると、こうなる。

連続16時間の断食 +糖質摂取量60g以下 +適度な筋トレ +ナッツ

ただ、過度な糖質制限は筋肉量まで減らす。何事もほどほどに。
(※ 青木厚先生は、糖質制限より空腹が大事だと述べている。)


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牧田善二先生が4年前に出した『医者が教える食事術 最強の教科書』も併読したが、こちらも健康でありたい方にはオススメ。総じて、糖質減らせ、変なものを口に入れるな、運動する前に体重を減らせ…という内容。




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