公認会計士武田雄治のブログ

公認会計士武田雄治のもう1つのブログです。

24年に想う

阪神大震災


これは1995年1月17日の神戸新聞夕刊(画像はネットから拝借)。
本社が倒壊し、ホストコンピューターも潰れたのに、その日の夕刊を発行したのだ。記者達は、不幸に見舞われた人々や地域を取材することへの葛藤に悩み苦しんだという。それでも京都新聞社などに協力を仰ぎ、新聞を休むことなく発行し続けた。新聞社として、記者として、使命を全うするために。

世の中、不条理で理不尽なことばかり。苦しいことばかり。思い通りにいかなくて当たり前。なんで生きているのかの答えが出ぬうちに、いつ死んでもおかしくないという出来事が次々と我が身に降りかかってくる。平和すぎる日本にいると分からないが、色んな国を訪れると、飢餓、病気、暴力、レイプ、殺人、戦争などで命を落とすことが当たり前という地域もある。その日を生きていくことだけに必死になっている人を何人も見てきた。何なんだろうと思う。

明石家さんまさんの娘IMARUさんの名前の由来である『生きてるだけで丸儲け』という言葉は、私も座右の銘としている。辛い出来事が起こるとこの言葉を思い出す。そのIMARUさんが19歳の時、人間関係に悩み、泣きながら父さんまさんに電話したら、電話口の向こうで爆笑され、『泣くな、笑え』って言われたとか。この言葉も、辛い出来事が起こると思い出す。

人生笑ってなんぼやな。楽しんでなんぼやな。どうせ死ぬんだから。
と思う。

人生に悲観しているわけじゃなく、ポジティブに生きていくために、そう思う。

震災から24年が経ったらしい。戦場のようだった街が驚くほど綺麗になった。過去の辛い出来事を後世に伝えていくことも大切なことだと思うが、過去を振り返るのはもういいんじゃないかとも思う。それよりも、限られた未来を楽しみ、自らの使命を全うし、社会に新たな足跡を残す人間でありたいと思う。公認会計士として何が残せるかを考えながら、原稿に向かう。

QUEEN

2019年の日本の祝日

1月01日(火) 元日
1月14日(月) 成人の日
2月11日(月) 建国記念の日
3月21日(木) 春分の日
4月29日(月) 昭和の日
4月30日(火) 国民の休日
5月01日(水) 天皇の即位の日
5月02日(木) 国民の休日
5月03日(金) 憲法記念日
5月04日(土) みどりの日
5月05日(日) こどもの日
5月06日(月) 振替休日
7月15日(月) 海の日
8月11日(日) 山の日
8月12日(月) 振替休日
9月16日(月) 敬老の日
9月23日(月) 秋分の日
10月14日(月) 体育の日
10月22日(火) 即位礼正殿の儀
11月03日(日) 文化の日
11月04日(月) 振替休日
11月23日(土) 勤労感謝の日


22日もある。そろそろ仕事モードに入ろうかと思った矢先に3連休とか、ホンマやめてほしい。旅行に行く気にもならないし、街に出る気にもならない。かと言って、ずっと自宅に居る気にもならない。GWの10連休とか、考えただけで萎える。

この3連休中、ダメ元でググってみたら、最寄りの映画館に空席があったので、『Bohemian Rhapsody』を観に行った。映画館で映画を観るのは、2017年2月の『スノーデン』以来2年ぶり。

QUEENの全盛期は知らないのだが、学生時代にロックにハマった時期があり、その頃から相当聴いてきた。自分の結婚式の2次会でもBGMにQUEENの曲を使ったくらい、僕にとってもQUEENは特に好きなバンドだ。

このQUEENの輝かしい軌跡と、ボーカルのフレディ・マーキュリーの(知られざる?)半生を再現したのが本作品『Bohemian Rhapsody』。予告編も何も見ずに突然行ったのだが、すごく良い映画だった。何ヶ所か感動で泣きそうになった。左右にいた見知らぬ客も大絶賛してた。2回も3回も観に行ったという人がいるのも頷ける。

これはタブレットではなく映画館で観ることを薦める。場所によっては今週17日(木)で上映が終わるらしい。

帰りの車の中のBGMは、もちろん、 ”We are the champions”
この曲、この歌詞に、これまでどれだけ奮い立たされてきたか。

音楽は地球を救う。音楽は人類を救う。
No Music, No Life !

心の傷を癒す方法

自分のことを「言語化」しなさすぎる人は多い。
誰の周りにもいるはずだ。
”よく分からない人” が。

開示しないと「疑い」の対象になる場合がある。開示すれば「信頼」を得られる場合がある。では、自分のことを何でも開示すべきなのか。相手に何でも開示させるべきなのか。

例えば、好きになった異性や、結婚を考えている異性の「過去」を知る権利はあるのだろうか。Yesという人もいるかもしれないが、私はNoだと思う。そんな権利はないと思う。その相手が婚約者であろうが、「過去」に何があったのかはどうでもいいと思っている。夫婦になったってプライバシーというものがあるように、相手の全てを知る権利も必要性もない。「疑い」を始めたら、戸籍謄本から家系図から在学証明書から何から何まで調べなければならない。嘘は付いていないと「信頼」するしかない。

しかし、相手を全面的に「信頼」することが愛することではない。

どんな人間でも、大なり小なり、過去のトラウマ、コンプレックスなどを引きずっている。何か重いものを抱え、これ以上傷付くことを怖がって、色んなものから逃げてきた人もいるだろう。そういった過去を墓場まで持っていく人もいるだろうし、覆い隠すために ”大人の嘘” を付くことだってあるだろう。

ただ、何らかの事情で相手の「過去」を事後的に知ってしまった場合、それを全て引き受けることができるか。 例えば、未婚と思った相手が結婚していたら? バツが付いていたら? 隠し子がいたら? 浮気していたら? 罪を負っていたら? 自分はそれを引き受けることができるか。

相手の「過去」に目をつむって生きていく、という選択もできる。これ以上その相手と関わらない、という選択もできる。無責任な優しさで関係は続ける、という選択もできる。しかし、これらのどの選択をしても、それは「信頼」したことでもなければ、愛することでもない。

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書店でたまたま手に取った島本理生さんの『イノセント』(集英社文庫)という本をこの週末に読み耽っていた。「イノセント」とは純潔という意味だ。最初の数十頁は余りにもフツーの純愛小説的な内容だったので途中で読むのを止めようかとも思ったが、途中から引き込まれていった。後半は唸った。こんな素晴らしい小説に出会えるとは思わなかった。後から島本理生さんが直木賞作家だと知った。納得だ。こんな若いのにこんな本が書けるのは凄いとしか言いようがない。

万能の神でも全員を救ってくれる訳ではない。神でも善人でもない自分が人を救うことができるのか。聖書の教えを所々に織り交ぜながら、重い過去を抱えた人、深い絶望を抱えた人に対し、人生を捧げ、身を犠牲にして救うとはどういうことなのか、救済とは何なのか、そして本当の愛とは何なのかについて教えてくれる物語。

読みながら、自分自身がいかに相手と向き合っていなかったのかを思い知らされた。相手に踏み込んでいないのだ。踏み込むことに恐れているのかもしれない。他方で、自分自身にも過去のトラウマ、コンプレックスなどを引きずっている。そんな過去を覆い隠している。そんな過去は「言語化」したくない。そう、つまり、自分自身も周りから見たら ”よく分からない人” なのだ。根本には、相手が自分のことをさらけ出すこと、また自分が自分のことををさらけ出すことに対し、相手から拒絶されることが怖いという心理があるのだ。自己防衛が働き、相手と距離を置き、自分を殻に閉じ込めている。

かと言って、人間は万能の神にはなれない。完璧な平穏も完璧な人間もこの世にはいない。人の心は弱く、うつろいやすい。神の導きどころか、悪魔が用意いた誘惑に引っかかり続けるのだ。そうやって、向き合わなければならかいものからさらに逃げる。そして「過去」から追いかけられることになる。本書にもそういった3人の登場人物が、不器用に振り回されていく。まるで自分自身を見ているようだ。

本書を読んで、他者とどう交わり、どう生きていくべきかを教えてもらったような気がする。相手の「過去」に対しても、自分の「過去」に対しても、きちんと向き合わなければならない。自分の気持ちに素直になり、相手に気持ちを伝える。さらけ出す。自分のトラウマもコンプレックスも弱さも全てを開示する。それが「信頼」してもらうことになり、相手の心を開くことにつながる。相手の心を力でこじ開けることなんて出来ないし、そういう方法で相手の「過去」を知ることも出来ない。

そういえば、昔何度も読んだ岩田靖夫『よく生きる』(ちくま新書)にも同じようなことが書かれていた。

本当に、人生は苦しいものです。なんの苦しみも負っていない人などこの世の中にはいません。こんなこと人に知られたら大変だなんて思うことも、一つや二つ誰にでもあるのです。そういうことから逃げていたのでは本物にはならない。そういうものを正面から受け止めて、そういうものを自分で背負って、あからさまにさらけ出して生きることが出来た時に、本当の人に出会う可能性が生まれるのです。
(岩田靖夫『よく生きる』(ちくま新書)P98)

それがイノセント(純潔)な愛となるのだろう。それが過去の傷を癒す唯一の方法かもしれない。

No Music, No Life !

iPhoneのアプリをどれだけ利用しているのかをチェックしてみたら、ほとんどSpotifyしか使っていなかった。音楽なしでは生きていけない。


iPhone

『旬刊経理情報』に掲載されました

旬刊経理情報


雑誌『旬刊経理情報』(2019年1月10日・20日合併増大号)に掲載されました。

「新春インタビュー」として、マツモトキヨシHD財務経理部の部長さんに非常に濃い内容のインタビューをさせて頂きました。このような有名企業の部長さんへのインタビュアーに抜擢して頂いたこと、他ではまず聞けない話を伺えたこと、共に光栄です。13ページ+1ページおまけ付きの特大記事です。

定期購読でしか読めない雑誌ですが、以下の書店では直近号のみ購入可能です。
・八重洲ブックセンター本店
・丸善丸の内本店
・三省堂神保町本店
・紀伊國屋書店新宿本店

私たちを振り回すアンビバレンスな人たち

人間は相反する気持ちを同時に抱えることがある。そのため、本心とは反対のことを言うことがある。

例えば、
 ・会いたいのに、「しばらく会えない」と言ったり
 ・愛しているのに、「あなたは私のことを愛してないのよ」と言ったり
 ・結婚したいのに、「今は仕事に専念することにした」なんて言ってみたり


相手がこういう言動に出ると、こちらとしてはどう受け止めたらいいのか戸惑うし、どう理解したらいいのか分からず混乱してしまう。愛されているのか、嫌われているのか、会いたいのか、会いたくないのか、方向性がみえにくいので、周囲は振り回されることになる。

精神科医の岡田尊司氏は、このような「方向性がみえないとき、そこには、まず間違いなく両価的なジレンマが潜んでいるとみていい」と断言する。精神分析の世界では、このような相反する気持ちを同時に抱えることを『両価性』(アンビバレンス)という。世の中には『両価性』が強い人と弱い人がいるが、悩んでいる問題や未解決な問題に関わる時、『両価性』が強まった状態になりやすい。例えば、結婚に踏み込むべきか、止めておくべきかで悩んでいる時に、人は『両価的なジレンマ』に陥る。

我々は、このような「あまのじゃく」な人が少なくないことを知っておくべきだ。「あまのじゃく」な言動を真に受けて、愕然としてはならない。ここで、怒りや憎しみや「許せない」という気持ちになり、それを引きずると、人間関係が破綻することだってあり得る。「あまのじゃく」と「嘘」とは違うのだと知っておくだけでも、人間関係で傷付けられることはある程度避けられるはずだ。


【参考文献】
岡田尊司『あなたの中の異常心理』(幻冬舎新書)

人を遠ざける人に共通する問題

人はなぜ、ウソをついたり、暴力を振るったりという、邪悪・異常な行動を取るのか。

例えば、イタズラ、イジメ、DV、虐待を見ても分かるように、そこには(本人が意識しているにしろしないにしろ)一種の「快感」があるのだ。麻薬のようなものであり、嗜好性があり、一度やり出すと止められなくなる。虚言、暴力、支配、戦争も「悪の快感」を味わっているのである。

同じ人を殺すという行為にしても、やむにやまれず身を守るために行った場合と、殺すこと自体が目的化した場合では、受け止め方が全く違う。我々は概して、「自己目的化」した行為というものに生理的な反発を感じるし、理解出来ない「異常性」を感じる。さらには、強い嫌悪感、許し難い怒りを覚える。当然、そういう相手との関わりは避けるし、信頼もしない。

では、そういう行為がやめられない人間は、相手からの信頼失墜という代償を払ってでも、なぜそういう行為を繰り返すのか。そこには快感という「麻薬的な報酬」があるからであるが、次のような共通する問題(背景)が見え隠れするという。

それは、自分が愛されていないという寂しさであり、欠落したものを抱えているという飢餓感である。それを本来は満たし、癒してくれるはずの相互的かかわりが不足しているのである。その結果、自己目的化した快楽の円環に飢餓感を閉じ込めるために、いくら繰り返しても満たされることのない行動に耽り続けるのである。
(岡田尊司『あなたの中の異常心理』P97より)

こうした悪循環に陥ってしまうと、本人は自己目的化した行為を正当化し続けてしまう。そうやって邪悪・異常な行動は繰り返されていく。イジメや虐待が人殺しになるように。心の暴力が相手に永遠の傷を負わせるように。

では、そのような「異常心理」をもった人間が異常性から克服することはできるのか。前出の本によると、克服するためには、両親、配偶者、恋人、友達などの相互的な関係を愛情で満たされたものにすることだ。自分を愛し、大切にしてくれる存在がいるということを実感することそれによって自分も愛されるに値する存在だと思うこと(この点、先日紹介した『平気でうそをつく人たち』の結論と似ている)。

そうしなければ、さらに人を遠ざけ、自分が愛されない存在となり、孤立し、寂しさが増し、自分の弱さが露呈することになる。


【参考文献】
岡田尊司『あなたの中の異常心理』(幻冬舎新書)

嘘つきは、戦争の始まり。

いろいろな人が、いろいろ嘘をついている。

ついて良い嘘と、ダメな嘘があると思う。ついたらダメな嘘をつく人は、信頼をなくすだけでなく、自分の人生もつらくなると思う。約束を守らないのも同じ。人との約束、自分との約束を守らない。時間を守らない。納期を守らない。そういうことを一度二度と繰り返すだけで信頼をなくすし、自分自身の輝きが失っていくのではないか。

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今朝、読売新聞と朝日新聞の朝刊に、宝島社がすごい見開き広告を掲載していた。
上の「敵は、嘘。」が読売新聞、
下の「嘘つきは、戦争の始まり。」が朝日新聞。


敵はうそ


敵は、嘘。
いろいろな人がいろいろ嘘をついている。子供の頃から「嘘をつくな」と言われてきたのに嘘をついている。陰謀も隠蔽も改ざんも粉飾も、つまりは嘘。世の中にこれほど嘘が蔓延した時代があっただろうか。いい年した大人が嘘をつき、謝罪して、居直って恥ずかしくないのか。この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。嘘に慣れるな、嘘を止めろ、今年、嘘をやっつけろ。



うそつきは戦争の始まり

嘘つきは、戦争の始まり。
「イラクが油田の油を海に流した」その証拠とされ、湾岸戦争本格化のきっかけとなった一枚の写真。しかし、その真偽はいまだ定かではない。ポーランド侵攻もトンキン湾事件も、嘘から始まったと言われている。陰謀も隠蔽も暗殺も、つまりは、嘘。そして今、多くの指導者たちが平然と嘘をついている。この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく。今、人類が戦うべき相手は、原発よりウィルスより温暖化より、嘘である。嘘に慣れるな、嘘を止めろ。今年、嘘をやっつけろ。


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作品の秀逸さにしばらく見惚れた。さすが電通。
上の作品の背景は、ローマの彫刻「真実の口」。最近、何が真実なのか分からないことが多過ぎる。疑ってかからなければならないものが多過ぎる。平然と嘘をつく人もいる、ネットの情報も嘘が多い、大手新聞社も平気で嘘を書く。それがどれだけのなのか分かっているのか。両作品に共通してでてくるコトバ、『この負の連鎖はきっと私たちをとんでもない場所へ連れてゆく』。そうなんだよな。嘘は私たちをとんでもない場所へ連れてゆくのだ。戦争の始まりなんだ。


宝島社はこの広告の制作意図を次のように説明している(宝島社HPより)。
人々は、次から次に出てくる嘘に慣れてしまい、
怒ることを忘れているように見えます。
いまを生きる人々に、嘘についてあらためて考えてほしい。
そして、嘘に立ち向かってほしい。

メディア社としての強烈なメッセージを感じる。

最近おかしいことが多いけど、そういったことをスルーしたり、逃げたりすべきではないと私も思う。真実を確かめるべきだと思う。


(※ 上の作品は宝島社HPより拝借しました)

2019年に向けて独り言

先日の「2018年を振り返る」というエントリーに、5年先どころか、1年先も見えない、なんてことを書いた。これはホントなんだが、一応、年末年始の恒例行事として、「人生の理念・ビジョン」→「人生の夢リスト」→「5ヵ年計画」の3点セットを更新した。

そのエントリーにも書いた通り、何か新しいことをやろうとか、抱負とか、挑戦とか、目標とか、そんなものはない。ただ何年も前から掲げていたことを2019年も本気になって取り組もうかと、3点セットに向かい合ってみた。3点セットはもちろん誰にも見せない。夢は実現してから事後報告。

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●2019年、ビジネス面では、「自分がやるべきこと」に時間とエネルギーをつぎ込む。いわれる「第2象限」により一層フォーカスする。これまで、「自分がやらなくてもいいこと」に結構な時間とエネルギーを取られてきた。それがストレスにもなっていたし、憂鬱にもなっていた。見城徹さんが「憂鬱でなければ、仕事じゃない」って本を出しているけど、僕は「憂鬱なら、仕事をやめろ」という本を出したい。仕事をしていてストレスが溜まるってことは、楽しくないか、向いてないかじゃないかと思う。

●2019年は、.灰鵐汽襦幣緇豐覿函上場準備企業の決算・開示・IFRS)、⊆紘、6軌蕁淵札潺福次法↓ど堝飴催蟷顱△裡瓦聴奮阿了纏は辞める。他の仕事はやらない。無償でやってきた仕事も全て辞める。削ぎ落していく。

●中期的には、コンサル業もBtoBからCtoCに移行していきたい。私が何度も書いてきた「コンサル2.0」から「コンサル3.0」へ、ってのを実現させるタイミングがやってきたように感じる。

●「4つ以外の仕事は辞める」とは言ったが、「稼ぎ口」は増やしていく。当然のこととして。

●ブログをやるか、やめるかは毎年悩む。上の4つ以外の仕事をやらないのであれば、もうやらなくてもいいんじゃないかともいえる。ブログを続けることが「自分がやるべきこと」なのかもよく分からない。今回もどうしようか悩んだが、とりあえず優先順位を下げて継続しようと思う。ブログに書き貯めておくということが、日記を書くことと同様に、後々、自分の役に立っているので。ただ、誰かに読んでもらおうとか、毎日更新しようとか、アクセス数を増やそうとか思って書くのはやめようと思う。だから「ですます調」もやめた。「である調」に戻す。偉そうな言い方に聞こえるから「ですます調」にしてたんだけど、正直書きづらい。

●ブログを書く時間を減らす分、書籍の執筆の時間を増やす。

●プライベート面では、これも「2018年を振り返る」というエントリーで書いた通り、2018年は大きな傷を負ったが、ノスタルジーに浸る老人のようにはなりたくない。人生は「楽しんでなんぼ」やと思う。大切な人を大切にしながら、徹底して楽しむ。たっぷりある時間を、勉強・読書(input)、執筆(output)、旅行、運動、大切な人との食事、に可能な限り費やしたい。

●以前、「人生なんて所詮フィクションだ」ということを書いたことがある。そしたら、読者の方から、「なんでそんなネガティブなことをいうんだ」と言われた。フィクション=虚構=無味、と捉えられたのだろう。僕はそういう意味で言った訳ではない。人生は良いことも悪いことも起こる。自分自身の内面にも複数の人格(パーソナリティ)が潜んでいる。だから、自分の人生を「1つの完成された完璧なストーリー」と考えることに無理があると思う。「こんな人生でいいんだろうか」とか、「こんなはずじゃなかった」といった不の感情や、「自分はこうあるべきだ」といった思い込み・決めつけ・先入観は、人生を「1つの完成された完璧なストーリー」にしなければならないと思うところから生まれる感情・観念ではないだろうか。また、自分が決断、判断、約束、覚悟したことが、正しいことなのかどうかと悩むことも同じことだ。それが正しいかどうかなんて誰も分からない。自分が選んだ人生が、自分の人生なのだ。

●人生はフィクションの集合体から編集されているのだ。第1章が終われば、第2章が始まる。第3章が始まる。どんどん新しいストーリーが展開する。1冊目が終われば、続編が続く。番外編も待ち受けてる。特別編だってある。いつ終わるかも分からないけど、ストーリーはひたすらに続いていく。ワンピースのようなもんだ(読んだことないけど)。僕はそう思うようにしている。人生において何度も「Game Over」を突き付けられることがあるけど、その都度ノスタルジーに浸っててたまるか。人生なんて所詮フィクションなんだ。所詮Gameなんだ。次の幕がもう始まっているのだ。次のストーリーを自分で作っていけばいい。主人公は自分。自分の好きなように、自分が楽しいと思うものに人生を作っていけばいい。書き換えていけばいい。

●だから2019年はどうするのかって、自分が好きなようにストーリーを作っていくしかない。どんな展開になるかは予測不能。制御不能。神のみぞ知る。

楽しんでなんぼ。
No Fun,No Life


あなたが消えた夜に

南国


旅をする時は、殆ど荷物を持っていかない。周りの観光客を見ると、あんなに馬鹿でかいスーツケースに何を入れてるのかが気になる。数日分の下着と、本とkindleとペンとメモがあれば十分だ。観光でスケジュールを埋めることはしない。ビーチかプールサイドかカフェでぼーっと本を読んでいるのが心地良い。

今回の旅で中村文則さんの『あなたが消えた夜に』という小説を持っていった。旅行好き・読書好きの友達Tの薦めで。中村文則さんの本は初めて手に取ったが、この本はハマった。持参した他の本は放ったらかしで、この本を年末年始に二度読んだ。

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「あなた」が消えたら、「わたし」はどうなるんだろうか。

「あなた」が他の異性とSEXしてたら
「あなた」が他の異性と逃げたら
「あなた」がどこにいったか分からなくなったら

「わたし」はどのような感情が生まれるんだろうか。

特にそれが、愛をはぐぐんだ相手だったとしたら。


悔しい、寂しい、辛いといった悲しみの感情ばかりか、怒り、憎しみ、許せないといった憎悪の感情が生まれる場合もある。「わたし」は絶望の淵を彷徨うかもしれない。そうなれば、消えた「あなた」をひたすら追いかけるかもしれない。復讐するかもしれない。不幸のどん底に突き落とすかもしれない。殺すかもしれない。それが、まるで愛情表現の手段であるかのように。実際そうして自分の人生を破滅させてしまう人もいる。

そういう人が本書に登場する。

本書に登場する複雑な人間関係にしばらく ”意味が分からない” と思った。しかし、読み進めていくにしたがい、その糸がほどかれていき、過去の記憶、心の傷、人間の暗部に焦点が当たり、人間の狂気性、罪悪感をえぐり出す。人はなぜ愛に狂い、闇に堕ちていくのか。人はなぜ自ら歪んだ状況をつくり、破裂していくのか。

それも無意識に。

自分が望んでもない方向に…。

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読みながら自分自身の過去の記憶とオーバーラップしていく。気にかけてくれる人が現れるとわたしの元から消えていった「あなた」。堕ちていく「わたし」。すべてが空虚になり、自分の存在意義を失いかける。人間はそんな経験を何度も経て内面が作られていく。良くも悪くも。

最近「孤独」「寂しさ」をテーマにした本が多いし、そういうタイトルの本が売れているように思う。人間は何かに依存しなければ生きていけない生き物だから。それは神かもしれない、宗教かもしれないし、異性かもしれない。「性依存」というコトバがあることを本書で初めて知ったが、性に依存しなければ生きていけない人もいる。その依りかかれるものを失った時、「もう終わった生活をしているような感じ」(P221参照)になる。だから、それが自分が望んでいる方向ではなくても、何かに依存せざるを得ないのだ。それが周りから ”狂気” と見えても。だから、世の中には自分が理解に努めても理解できない人がいる。

果たして、今のわたしは何に依りかかっているんだろうか。それは自分が望んでいる人生なのだろうか。さざなみの音を聞きながらしばらく考えた。



あなたが消えた夜に (毎日文庫)
中村 文則
毎日新聞出版
2018-11-07



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